バナナの選択
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                バナナは、生きるために、子孫繁栄の選択権さえも人類にゆだねたんだ。 一生懸命に生きるって?                 生きる、ということにおいて、僕たちの決意なんて、 バナナの勇気の百分の一にも及ばないよ。         ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

No.170129 そして、なぜ、君はそこに。

 それ以来。彼は世界を捨てた。彼の世界はかたちをなくし、目に見えるものは薄ぼんやりとした色彩の明滅にすぎず、耳に聞こえるものは不調和な雑音にすぎなくなった。

 それ以来。彼は愛を信じることをやめた。彼はいのちをうしない、彼のむきだしのたましいだけが絶対の孤独のうちに浮遊した。

 彼の意識は崩壊しはじめた。無数の世界が彼のたましいをめぐって回転し、その無数の世界の間隙を、彼の意識はレールのないジェットコースターのように暴走し続けた。彼は目を閉じた。耳をふさいだ。それでも彼の意識は無明無音の混沌の中で、ピンボールの球のように弾かれ、もてあそばれた。誰か、と彼は叫んだ。が、それにつづくことばを口にすることなく沈黙した。誰か、たすけて! 誰もたすけてくれるはずがなかった。誰もいないのだから。そもそも彼を苦しめたのは、その「誰か」だから。彼は、暴走し旋回する意識の中で、誰かって、誰だよ。と、苦笑した。自らのもらす自嘲の笑い声だけが、彼にとっての真実であった。

 きらり、と光った。混沌の闇の中に。何かが。が、漆黒の闇はもとの闇に過ぎなかった。

 「・・・」と、何かが聞こえた。ような気がした。が、しんと静寂が無限に広がるだけだった。

 いやちがう。何かが光った。何かが聞こえた。何かが、僕のたましいに、触れた! 彼は目を見開いた。曖昧模糊とした色彩の明滅が洪水となって目に流れ込んできた。その中に、何かがある。何かが動いている。これは、何だ。この、うごく影は、何だ。彼は耳をふさぐ手をはなした。無数の不協和音の振動が耳をつんざいた。その振動のすきまに、何かが聞こえる。小さな消えそうな音。この音は、何だ。彼は目をこらし、耳をすました。ひと? この影は、ひとの姿。この音は、ひとの声。その影はだんだんかたちとなって、その声は空気を震わせて、彼の前に、いま、ひとりの少女となって現れた。いや、少女かどうかもわからない、おとなのような、こどものような、ふしぎな少女。彼は少女に言った。君は誰だ。少女はこたえた。「あなたは、あたしをよく知っているはずよ」と。そう言われて、彼は、少女をいつも身近に知っているような、毎日見ているような気がした。すると、少女が彼に言った。「やっと、会えたね」

 やっと、とはどういう意味だ、と彼は言った。まるで、僕を探していたみたいなことを言うじゃないか。少女は言った。「探していたよ、ずっと」嘘だ!と彼は言った。おまえは、僕の創った幻だ。また、僕をだます気か。消えろ。消えてくれ。これ以上、僕を苦しめないでくれ。すると、少女は言った。「こわいの?」と。彼は言った。やめてくれ。もう、やめてくれ。僕はこれ以上、世界を憎みたくない。君たちを憎みたくない。僕にかかわらないでくれ。僕は、ひとりがいいんだ。それでいいじゃないか! すると、少女は「でも、もう、ひとりじゃないわ。あたしは、消えたくないもの。あなたが消えろと言ったら、わたしは消えちゃうの。わたしを消さないでよ」と言って、微笑んだ。彼は言った。で、また、僕は、君にだまされるのか。少女は言った。「そうよ。あなたは何度でもだまされるの。あたしにだまされるの」彼は言った。だまされることがわかっているのに、君を信じろというのか。少女は答えた。「そうよ。あなたは、何度でもあたしにだまされるの。それでも、あたしを信じ続けるの。そのたびに、あなたは、逃げる。誰もいない闇の中に。でも、また、あなたはあたしに出会うのよ。永遠に」

 永遠に?そう。永遠に。永遠に君と出会うのか。そうよ。永遠にあたしと出会うの。あなたは孤独にはなれない。あなたは孤独じゃないのよ。だって、あたしは、永遠にあなたを探しているんだから・・・

 彼は、もう一度信じようと思った。まただまされてもよい。また裏切られてもよい。また倒れてもよい。また無明無音の混沌の闇の中でもがき泣いてもよい。何度でも君を信じよう。そしてまた僕をだますがいい。そしてまた僕と出会うがいい。そして、僕は、永遠に君に問いかけよう。なぜ、君はそこにいてくれるのか。と。もしかしたら、僕たちは、孤独ではないのかも知れない。と。