バナナの選択
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                バナナは、生きるために、子孫繁栄の選択権さえも人類にゆだねたんだ。 一生懸命に生きるって?                 生きる、ということにおいて、僕たちの決意なんて、 バナナの勇気の百分の一にも及ばないよ。         ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

No.160611 くしゃみと偶像崇拝

 くしゃみ、という現象ほど、僕をがっかりさせるものはない、と言っても過言ではない。まことに、あの、くしゃみというやつは、何とまあバカバカしいのだろう。へっくしょん!と実に素っ頓狂な声をあげて、つばきをまき散らす下品さはもちろん、何よりも、あの間抜けた顔はどうだろう。しかも、二、三回は連続するのである。へっくしょん、へっくしょん、へ、へ、へっくしょん!である。実にもう、ほんとに、バカバカしい。無意味である。くだらないのである。

 と、くしゃみの悪口を言ってると、えっへん、と咳払いして、眼鏡に白衣のお医者様だか学者先生だかが呼びもしないのに、のこのこ現れて、ええとですねえ、この、くしゃみという行動はですね、それによって、鼻腔内に侵入した悪性の細菌、ウイルスなどを、風圧によって体外に排出するという極めて重要な防御機能を果たしているのでありまして、まことに恐るべき精妙なる生体メカニズムと言うべきで、自然は偉大といいますか、進化の神秘といいますか、これはもはや神の領域でありまして人知の及ばざるところ、それをまあ、なんですか、くしゃみなんてくだらねえ、などと悪口を言う大バカ者がおるようでして、なんとも情けない限りでございますなあ、ははは。などと講釈を垂れるのである。

 何を言ってやがんだ。大バカ者は、てめえの方だ、大先生。と、僕は猛烈に言い返すわけである。進化の神秘? へ、へ、へっくしょん!が、神の領域? バカを言っちゃいけませんよ。神の領域が、あんな間抜けなわけがない。おまえこそ、畏れ多いとは思わんのか。そもそも、へっくしょん!が、細菌を対外排出するだのなんだのという説明は、あれはもう、間違いなく後付けの屁理屈である。お偉い学者が、う~ん、このくしゃみというやつは、これはいったい、何の意味があるのかのう? どう思うかね、君。などと、頭の悪い助手あたりにご下問になって、すると、この助手が、さあ、どうすかね、べつに意味なんかないんじゃねすか? と適当に答えたところ、大先生、烈火のごとくお怒りになって、バカ者!生体の反応には必ず意味があるのじゃ、君は、生命四十億年の偉大なる進化の歴史をバカにしておるのか、このくしゃみという行動にも、人知の及ばざる玄妙なる神の知恵が隠されておるに違いないのじゃ、さあ、それが何か探求すべし!と頑張って、で、とうとう見つけた答えが、風圧によってばい菌を吹き飛ばす機能、という、もうなんともバカバカしい結論で、頭の悪い助手もさすがに苦笑したとかしないとか。

 そりゃね、くしゃみすりゃ、のどの奥から鼻の穴まで息が、ぶうっと出るだろうから、鼻の穴のばい菌が飛ぶくらいのことはあるでしょうがね、それが進化の玄妙な技ですかね。おかげでそこらじゅうにつばきを飛ばして、不潔きわまりない。ばい菌をばらまいてるじゃねえか。要するに、後付けなんだよ。きっと何か、重大な意味があるはずだ、って初めから思い込んでるから、無理くりに、それらしい理由をこじつけてるだけなのである。生物の行動には、必ず何か意味があると決めてかかってるのである。意味のない進化などない、意味のない生体メカニズムなどない、と信じ込んでいるのである。それが、そもそもおかしいんだ。何の意味もない生体メカニズムがあっても、いいじゃないか。神様だって、たまには、へまをやらかすのだ。進化だって、ときには、意味のない淘汰をするのだ。と、何で考えないのだろう。くしゃみなんてその典型である。ほんとうは何の意味もないんだ。いわば、進化の「道草」に過ぎないのである。生体メカニズムの「バグ」みたいなもんである。神様もちょっと居眠りしてたのさ。それをまあ、これこそは、生体の精妙なる防御機能のひとつである!などと有り難がって、実にバカバカしい。それこそ、盲目的な自然崇拝である。そういうのを偶像崇拝というのだ。生物はすべて、合理的機構によって構築された完全体だと信じて崇拝しているのだ。生物が完全体だって? そんなわけがない。完全体などという言葉は神のみに許される。いかなる生物も、その完全体をめざして歩み続ける永遠の進化の途中ではないか。決して完全ではないのである。生体メカニズムに、無意味なバグや暴走があっても、ちっともおかしくないのだ。だとすれば、くしゃみが、何の意味もない、あほらしい生体反応に過ぎないと考えたって、べつにすこしもおかしくないのである。

 へ、へ、へっくしょん!とくしゃみをするたびに僕は、いらっと不機嫌になって思う。ああ、くだらない、あほらしい、人間は、なんて不完全なんだ、と。そして同時に僕は、そういう不完全であほらしい人間を、それ故に、ほんのすこしだけ、いとおしく思うのである。