バナナの選択
                バナナは、生きるために、子孫繁栄の選択権さえも人類にゆだねたんだ。 一生懸命に生きるって?                 生きる、ということにおいて、僕たちの決意なんて、 バナナの勇気の百分の一にも及ばないよ。         ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

No. 170305 よしまつさん。

 よしまつさん。としか覚えていない。もう何十年もむかし。僕が小学校二年生の頃。よしまつさんは、クラスでいちばん、かわいい女の子だった。色白の丸顔で、二重の大きな目をしていて、髪を赤い玉のついたゴムで二つ結びに束ねていた。明るくて、いつも笑っていた。そうして、いちばん頭も良かった。だから当然、クラス中の男子がよしまつさんに憧れた。僕もそのひとりだった。けれども僕は、ひとことも彼女と話せなかった。話す資格がなかったのである。僕は、ちっとも勉強ができなかった。足し算さえよく分からなかった。さすがに母親が心配して、毎晩付きっきりで宿題の面倒をみなければならないほどだった。運動もぜんぜんできなかった。跳び箱もとべず、かけっこも一番遅かった。鉄棒は前回り以外は何一つできなかった。ドッジボールのボールを前に投げることもできず、僕の投げたボールは地面にぽたりと落ちた。勉強も運動もできない何のとりえもない僕が、何もかも優れたよしまつさんに話しかける機会など、あるはずがなかった。僕はただ、遠くから彼女を見ているだけだった。

 その日、何が僕にその勇気を与えたのか分からない。教室の掃除の時間。僕は、ほうき係で、教室の隅で、ほうきを持ってぼんやりと立っていた。その僕の前を、よしまつさんが雑巾をもって通り過ぎようとした。僕はほとんど無意識のうちに、ほうきを差し上げると、よしまつさんの頭に、ほうきの先をちょんと当てた。よしまつさんの髪がふわりと、ほうきの先にからんだ。よしまつさんが僕の方を見て、笑いながら「××××ね」と、何か言った。が、僕は、自分がやってしまったことに気が動転してしまって、よしまつさんが何を言ったのか耳に入ってこなかった。彼女のにこにこした笑顔と、何かを話す唇の動きだけが目に入ってきた。そうして、よしまつさんはそのまま、僕の前を通り過ぎて行った。僕は、ほうきを持ったまま、たった今の信じられない光景にとまどっていた。どういうわけで、憧れのよしまつさんに、そんないたずらをしたのか、自分でもさっぱり分からなかった。けれども、そんないたずらをした僕に、彼女は笑顔を返してくれた。よしまつさんは僕をきらいじゃないんだ。と、そう思って、僕はうれしくなった。すると、その直後、ひどいことが起こった。

 僕がよしまつさんにいたずらをして、よしまつさんが笑ったことを、クラスの男子たちが目撃していたのである。彼らは、幼いながらに、いや、幼いからこそ直接的に、嫉妬と怒りによる卑劣な行動にでた。愚かな彼らは、よしまつさんを取り囲み、「〇〇(僕の名)とよしまつは、けっこんするそうです!」と大声で何度も連呼してげらげら笑った。近くの浜辺をうろついているきたない野良犬の群れのようであった。よしまつさんは泣き出してしまい、自分の机に突っ伏して、次の授業がはじまるまでしくしく泣き続けた。僕は、僕のせいでよしまつさんがひどい目にあってしまったことに責任を感じて、つまらないいたずらをしたことをひどく後悔した。そうして、もう二度と、よしまつさんに迷惑をかけないように、彼女にいっさい、かかわらないようにしようと思った。

 それからしばらく経ったある日の図工の時間。僕たちは厚紙で箱をつくる工作をしていた。すると、席の離れていたよしまつさんが、どういうわけか僕の席まで来て、「テープかして」と言って、にこにこ笑った。僕は、よしまつさんがわざわざ僕のところにセロテープを借りに来たことに驚いて、あたふたしたが、先日のいたずらのことがすぐに思い出されて、僕なんかが彼女と仲良くしたらいけないんだと思って、「かさない!」と、わざと大きな声で言った。よしまつさんはちょっとかなしそうな目をしたけれど、笑顔のままで、「えー。なんでー」と言って、自分の席に戻って行った。

 それから間もなくして、よしまつさんは転校した。夏休みが終わって学校に来てみると、よしまつさんの姿はなかった。それ以来、二度と会っていない。よしまつさんの記憶は、彼女にセロテープを貸さなかったことへの後悔で終わっている。なぜ、あの時、セロテープを素直に貸してあげなかったのだろう。なぜ、あの時、つまらない意地をはって、よしまつさんにかなしい目をさせたのだろう。できることならば、あの時に戻って、セロテープを貸してあげたい。そうして、当時の彼女に聞いてみたい。僕がいたずらをしたあの時、君はいったい、何と言ったのか。と。

No. 170226 だれも救えずに。今日も、また。

 京子は、青森出身の子だった。東京の私大に進学はしたけれど、青森の実家は貧しくて学費を出せなかった。そこで京子は学費をかせぐために、まだ未成年でお酒も飲めなかったけれど、僕のかようバーでバイトをしていた。そうしてそれでも生活費が足りずに、朝夕の新聞配達をしていた。バーで深夜2時まで働き、朝5時には新聞配達をするのである。そうして昼間は学校に行き、夕方には夕刊を配達し、月末には新聞代の集金もやる。文字どおり、寝るひまもない。京子は、その年の3月に東京に出てきて以来、そんな毎日をもう数カ月続けていた。体がもつわけがなかった。僕も学生時代には住み込みの新聞配達をやって学費をかせいでいたから、それがどれだけたいへんなことか分かっていた。まして、バーでバイトしながら新聞配達を続けるなんて、無茶苦茶もいいところだ。その話を京子から聞いた僕は、無理だ、そんなんじゃ、絶対にやっていけない、と京子に断言した。そうして京子に、どうにかして、べつの方法を考えるように言った。どうしてもダメなら、青森の地元の大学に入りなおせ、とまで言った。東京でなくてもいいではないか。なぜ、そこまでして東京なのか。と。けれども、京子は、むっとした顔で僕に激しく反論した。東京に出てきたかったんだもん!東京じゃなきゃいやなんだもん!ぜったいに、青森なんかには帰らない!余計なお世話よ!と。僕も言い返した。だから、絶対に無理だと言ってるだろう!体をこわして、大学も続けられなくなって、取り返しがつかないことになるぞ。と。僕にはもう目に見えていたのである。すでに目の下に真っ黒にクマをつくって、未成年のくせにがぶがぶ酒を飲むようになって、大学の授業など出ている様子もなく、おそらくは朝の新聞配達が終わればそのまま夕方の夕刊配達の時間まで眠り込んで、夕刊が終わればバーに出てきて男たちを相手に深夜まで働く毎日の繰り返しで、何のために東京に出てきたのか、もはや目的を見失い、大学の単位もろくに取らずに進級も絶望的で、そういう不安から逃れるために飲みなれない酒をがぶがぶ飲んで、くだらない男どものくだらない下品なジョークにゲラゲラ笑って自分をごまかしている、そういう京子の心身が破綻する限界が切迫していることを、僕はひしひしと感じた。むろん、余計なお世話である。そんなことは分かっている。けれども、僕は、言わねばならぬと思った。言わねば、この子は、破滅する。いや、言ってもたぶん、この子は僕の言うことなど聞くまい。そうしていずれにしても破滅する。けれども僕は言わねばならぬ。そうしてもし、万一、彼女が僕を信じて助力を求めてくれたならば、僕は全力で彼女を救い出すつもりであった。僕は、そのバーに行くたびに、どんどんやつれていく一方の京子をしつこく説得した。けれども彼女は、頑として、僕の言うことを聞こうとはしなかった。

 寒くなった夜、僕は久しぶりにそのバーに寄った。その夜も、京子がいれば、うるさく説教してやるつもりだった。が、京子はいなかった。カウンターにすわると、となりに、みどりちゃんが座った。名前は知っているが、あまり話したことのない子だった。みどりは水割りをつくりながら、京子ね、やめたよ、と言った。なに!?と僕は思わず言った。やめた?いつ?なんで!するとみどりは、気の毒そうな顔で言った。あの子ね、アル中になってたんだって。台所で倒れているところを大家さんが見つけて救急車呼んだらしいよ。で、この間、青森の実家の親御さんが迎えに来て、青森に連れて帰っちゃったんだって。ママのところに、そういう連絡があったんだって。大学もやめるんだって。

 こうなることは分かっていた。分かりすぎるほど、分かっていた。そうして、結局、僕は、彼女を救えなかった。破滅しようとしている女が目の前にいて、何もすることができずに、僕の目の前で破滅した。それを見殺しと言うのではないのか。なぜ、無理矢理にでも、僕の貯金をはたいて金を渡さなかったのだろう。これを学費にしろ、と。それで良かったじゃないか。いや、そんな金を受け取るはずがない。いきなり赤の他人の男から大金をもらう女などいない。なぜなら、そんなことをする男は、ろくでもない下心をかくしているはずだから。女の破滅を見たくない、などという訳の分からない理由だけで多額の金を提供する男など、いるわけがないから。それが、この、きたならしい世の中のきまりごとだから。この世の中に生きる以上、この世の中のきまりごとに従わざるを得ないではないか。彼女を救いたい、などというおまえのこころを信頼する女など、この世にいるものか。しょせん、狡猾な偽善者として嘲笑され、嫌悪されるだけだ。おまえは、やるだけのことは、やった。彼女に忠告したではないか。破滅するぞ、と本気で忠告したではないか。それで十分さ。それが、この世でおまえのできる精一杯のことさ。けれども。と僕は、自分の声に反駁する。それなら、はじめから、何も言わない方がましじゃないか。何も知らないふりをして、くだらない下品なジョークで京子をゲラゲラ笑わせている方が、よほどましじゃないか。破滅する女に、おまえは破滅するぞ、とわざわざ言って、余計なお世話だと嫌悪されて、結局、女が破滅するのを見殺しにしたという忌まわしい記憶だけが残る。ひどい徒労感だ。なんというバカバカしさだ。するとまた、もうひとりの僕が、僕を嘲笑しながら言うのだ。だから、おまえは、おめでたいやつだって言うんだよ。おまえのこころからの忠告なんて、しょせん、余計なお世話なのさ。おまえがいくら彼女を心配したところで、彼女はおまえのことなんか口うるさくて気味が悪い変な客としか思ってねえよ。彼女がアル中になって台所で倒れているところを助けたのは、結局、おまえじゃないんだ。早く家賃を払えと部屋まで催促にきた大家が助けたんだ。こころから彼女を心配していたはずのおまえは何もできずに彼女を見殺しにして、家賃の取立てに来た大家が彼女を助けたなんて、いかにも皮肉じゃないか。このきたならしい世の中にぴったりな笑い話だ。しょせん、おまえは道化さ。ピエロだよ。嘲笑われているだけの、おめでたい、ピエロだ。と。

 僕は、暗澹たる気分で、みどりのつくった水割りを飲んだ。酔う気にもならなかった。これを飲んで、早く帰ろうと思った。すると、みどりが、「なんか、話すの、久しぶりだね」と言った。僕はふと我に返って、「そうだな」と言った。そういえば、この子とは、あまり話したことがない。みどりは、なんとなく、さびしそうな感じの子だった。ずいぶん若い頃に悪い男にだまされた、みたいな話を聞いたことがあったようにも思うが、今ではべつに気にもしていない様子で、ただそういう過去が、彼女の雰囲気をすこしだけさびしくしていたのかも知れない。僕はみどりに、「だって、おまえが話してくれないから。おまえ、おれを避けてただろ」と言って笑った。すると、みどりは、まじめな顔をして、「うん。だって、〇〇さん(僕の名)は京子ちゃんのことが好きなんだって思ってたから。遠慮してたの」と言った。僕はちょっと驚いて、「京子ちゃんのことが好き?おれが?」と言った。みどりは、「うん。だって、いつも、京子ちゃんと楽しそうに話してたじゃん。あたしが話しかけても、ぜんぜん、相手してくれなかったじゃん」と笑いながら言った。そうか。そうだったか。確かに僕は、ずっと京子と話していた。何とかしてこの子を破滅から救おう、と思っていた。けれどもそれは、みどりから見れば、楽しそうに話していたのか。僕は意外だった。僕は、京子と話しているときは、それこそ説得するのに一生懸命で、ちっとも楽しくはなかったから。くるしいだけだったから。けれども。その時の僕は、楽しそうだったのだ。ひとは、笑いながらくるしみを語ることもあるらしい。いや。笑いながらでなければ、そのくるしみに耐えられないのだ。僕自身が気がついていなかった、そのかなしい笑い顔を、みどりだけが見ていた。僕はみどりに聞いた。「おれは楽しそうに話してたか」みどりは言った。「うん。すごい楽しそうだった。だから、あたしも〇〇さんと話したかったのに、話せなかった」そう言って、みどりが不安そうな目で僕を見た。僕はみどりの目を見つめた。僕のこころをのぞこうとして怖がっているような目だった。良い目だ。怖がるな。おれを、信じろ。「おれと話したかったか。じゃあ、きょうは、おまえといくらでも話 すぞ」「うん」「よし。きょうは、おまえと遊ぶぞ」「うん。遊んでよ」「なに。ちゃんともう一回言え」「はい。あたしと遊んでください」「よし。いい子だ」その夜、みどりを相手に、僕は泥酔した。その後どうなったのか記憶もない。

No. 170218 その愛は10%未満

 その夜、仕事で実につまらないことがあって、いらいらして、何のためにこんな仕事をやっているんだか、何のためにいろんなことで気をつかっているんだか、何もかもがバカバカしく、ああ、つまんねえ世界だ、バカしかいねえ、おまえらのことだ、バカどもが、と、止めどなく怒りが湧いて、くやしくて、かなしくて、さびしくて、泣きたくなって、叫びたくなって、会社から地下鉄までの途中、合コン帰りか何かの酔っ払った若い男女の群れが歩道をふさいでゲラゲラ笑いながらバカ面してふらふら歩いていたから、この低能ども全員を死ぬほど殴ってやろうかという目まいがするほどの強烈な衝動にかられて、それでもどうにかその凶暴な衝動を我慢して地下鉄に乗って、イヤホンの音量全開で耳をふさぎ、ニット帽を深くかぶり、マスクで顔をおおって目を固く閉じ、いまいましいだけのバカしかいない世界を完全拒否して自分だけの空間に閉じこもり、地下鉄のゴトゴトという線路の響きだけを感じながらいつもの駅に帰り着き、地上に出て、やっぱり無理だ、飲まなきゃやってられねえ、記憶がなくなるほど飲んでぜんぶ忘れなきゃ、とてもじゃないが、このまま家には帰れねえ、と、まだボトルが残っているはずのスナックに寄って、そのドアを開けた。

 あら。いらっしゃい。久しぶりじゃん。〇〇ちゃん(僕の名)。と、カウンターのチーママが愛想よく笑った。僕は、ほっとして笑う。少なくともこの店の女たちは、いくばくかのお金を払いさえすれば、僕に不愉快な思いをさせることはないから。僕がカウンターに座ると、いらっしゃい。と言いながら見慣れない女の子がとなりに座って、水割りをつくってくれた。その子は、はい。どうぞ。と水割りを僕の前に置いて、さくらです。よろしくおねがいします。と言った。ああ。さくらちゃんね。はじめてだね。ええと。君。かわいいね。と僕がふざけると、チーママが、さくらちゃん、〇〇ちゃんはわるいひとだから、気をつけなさいよ、と言って笑った。さくらは、はい。気をつけます。と、まじめな顔で答えた。気をつけられちゃ困るんだけど、と僕は笑いながら、水割りをぐいぐい飲んだ。さくらのつくる水割りを、何杯も何杯も飲む。がぶがぶ飲む。アルコールが体中をめぐって心臓が高鳴り、暴走していた脳神経が麻痺していく。僕を不眠症に苦しませるとげとげした意識が鈍磨していく。世界が朦朧となっていく。ああ。救われる。と思う。バカどもで充満した世界の重みに押しつぶされていた僕のたましいが、ようやく息をふきかえす。ボトルがなくなる。新しいボトルをキープして、さらに飲む。ろれつが回らなくなって、目もまともに開いていない。それくらいまで酔った状態が、ちょうど良い気分だ。さくら。こら。さくら。君は、かわいいぞ。うん。僕がかわいいと言ってるんだから、かわいいんだ。などと、そんなくだらない会話を繰り返している状態が、ちょうど良い気分なのだ。そういう良い気分のときに、さくらが、おもしろいことを言った。〇〇さん。愛ってさ。愛って、100%じゃないと、ダメだよね。と。

 ん?と、僕は思わず酔っぱらった目を開いて、さくらの顔を見た。愛が100%?なにを言ってる。さくら。もっとくわしく、おれに話せ。僕がそう言うと、さくらは、ちょっと恥ずかしそうな顔で話し始めた。

 ほら。例えばさ、あたしにさ、誰か好きなひとができて、もう3年くらいつきあってるとするじゃん。でもさ、そのひとには、あたしと出会う前にも彼女がいたとするでしょ。そうしたらさ、あたし、その彼女とつきあっているときの彼までは愛せないじゃない。だって、嫌だもん。あたしの知らない女とつきあって幸せだった頃の彼のことなんて、どうでもいい。知りたくない。だから、彼から、その彼女とつきあってた期間は捨てなきゃいけない。でも、彼の彼女はその子だけじゃないかも知れない。何人もいたかも知れない。そうしたらさ、彼から捨てなきゃいけない期間が、どんどん増えちゃうわけ。で、結局、あたしが好きな彼は、彼が誰ともつきあっていなかった子どものころの彼と、あたしとつきあうようになってからの3年間だけってことになるでしょ。それって、年数で言ったら、合計でたぶん15年くらいじゃない。彼が30歳だとしたら、二分の一。50%だよ。あたしがさ、彼のことぜんぶ愛してるって言っても、ほんとうは彼の半分しか愛してないんだよ。それに、あたし、子どものころの彼なんて、何にも知らないんだから、子どもの頃の彼を含めたらダメだと思うし。そしたらさ、結局、あたしが愛してる彼は、ほんとうは、彼とあたしがつきあい始めてからの3年くらいの彼だけってわけ。それって、彼の10%だよね。しかもだよ。その3年だってさ、あたしがぜんぶ知ってるわけじゃないじゃん。あたしが知ってるのは、あたしと一緒にいるときの彼だけなんだから。仕事しているときの彼とか、ほかの友だちと遊んでいるときの彼とか知らないわけだし。そしたら、結局、あたしが愛してる彼って、彼の3%くらいじゃん。10%もないんだよ。それって、愛って言える?ね。〇〇さん。どう思う?それって、愛って言える?〇〇さんは頭良いんでしょ?東大出たんでしょ?どうなの?教えてよ。教えて!

 さくらはまじめな顔で僕を見つめていた。さくら。好きなひとがいるのか。と僕は言った。さくらは、恥ずかしそうに、うん、とうなずいた。そうか。おまえは良い子だな。彼氏を、ぜんぶ、愛したいのか。彼氏を100%愛したいのか。さくらはまた、うなずいた。そうして言った。でも、無理。だって、この前まで、一緒に住んでた彼女がいるんだもん。いやな女。最低な女。ぜったい、ゆるせない。あんな女と愛し合ってた彼は、やっぱり愛せない。だから、無理。あたしは、あのひとを、100%愛したい。100%愛せないなら、そんなの愛じゃないと思う。彼が生まれてからあたしと出会うまで、彼のぜんぶを愛せないなら、もう、いい。僕が言った。もう、いいって、なんだ、あきらめるのか?さくらは、だって、くやしいもん。と言って、泣きそうな顔でうつむいた。くるしいか。と僕が言った。くるしい!と、さくらが小さな声で、けれど激しく言った。僕はもう酔ってはいなかった。さくらが空になった僕のグラスにまた水割りをつくり始めた。僕は、さくらの横顔を見つめながら、つくづく、良い子だと思った。その少女のような幼さの残る薄紅の頬に、気高い女としてのプライドを感じた。さくらが、その白くて細いのどからしぼりだした、くるしい!という言葉の激しさが、どんな愛の言葉よりも美しかった。この子は、きっと幸せになるだろう。この子が幸せになれないとすれば、この世界にいったい何の意味があるだろう。僕は、さくらの幸せを、神に祈った。真剣に、祈った。

No.170212 さらば去れ。我を苦しめるもの。

 ふと目が覚めると、僕は、タオルケットをお腹にかけて、自分の四畳半の勉強部屋で寝転がっていた。夏休みのある日の夕刻だ。窓から橙色の夕陽がさしこんでいる。僕が生まれたころから使っている古ぼけた扇風機がカタカタと鳴りながら風を送っている。台所から、母親が夕飯を支度している音がする。僕が幸せだった日。小学校六年生の僕は、人生の心配ごとなど何もなく、ただ毎日、学校の勉強をして、クラスの好きな女の子とちょっとだけ話をして顔を赤くして、シャーロック・ホームズを読んでわくわくして、テストで100点をとって母親にほめられて、学校からの帰り道には田んぼの用水路に笹舟を浮かべて遊んで、その用水路沿いの道端に生えている野いちごを食べて酸っぱくて吐き出したりして、同級生たちと近所のどぶ川に発泡スチロールでつくったいかだを浮かべてひっくり返ってずぶ濡れになって、そして夏休みには宿題などほったらかしで市営プールであそび疲れて、家に帰って勉強部屋で寝転がって昼寝をして、そうして、いま目が覚めた。

 ずいぶん、へんな夢を見ていた。おとなになった僕の夢。おとなになった僕は、いろいろと嫌な目にあって、ひとのことが信じられなくなって、家族も、友人も、恋人も、この世のひとたち、ぜんぶが信じられなくなって、ひどく寂しい人間になっていた。おとなになった僕は、ぜんぜん、幸せでなかった。おとなになったら幸せになると思っていたけど、ぜんぜん、そうではなかった。嘘だと思った。こんなはずがないと思った。そうして、いま、目が覚めた。ぜんぶ、夢だった。悪い夢だった。いやな夢だった。でも、ただの夢だった。良かった。あ。もう夕方か。プールから帰ってきて寝ちゃったんだな。このタオルは、ああそうか、お母さんがかけてくれたのか。今日の宿題やってないな。今日は、ええと、そう、まだ夏休みは半分以上残ってる。宿題なんか、べつにいいや。

 と。そこで、僕は、目が覚めた。見慣れた部屋の天井が見える。おとなの僕。この部屋から一歩出れば、いっさい関わりたくない世界が広がっている。いっさい関わりたくないひとたちであふれている僕の世界。僕を苦しめるだけの世界。なにひとつとして、僕を安心させることのない世界。これが僕の現実の世界。それじゃ、さっきの小学生の僕は何なんだ。この僕は、こんな世界は、こどもの頃の僕の悪い夢なんだ。夢からさめてくれ。小学生の僕にもどってくれ。夕陽のさしこむ夏休みの勉強部屋にもどってくれ!

 けれども僕は夢からさめないでいる。いや、夢なのだ。夢にすぎないんだ。そもそも夢と現実の区別なんてない。いまの僕は、こどもの頃の僕の夢でしかない。こどもの頃の僕も、いまの僕の夢でしかない。僕は、夢と夢の間を行ったり来たりしているだけだ。その時その時の僕を、僕の現実と思っているだけだ。世界など、架空の存在にすぎない。すべて僕の認識が創ったフィクションではないか。僕を苦しめる彼ら彼女らの酒に酔ってだらしなくゆがんだ下品な笑い顔も、所詮、幻影にすぎない。僕の頭の中で響き渡って僕を不眠症にする彼ら彼女らの低劣なゲラゲラ笑いも、所詮、幻聴にすぎない。幻影なら見なければいい。幻聴なら聞かなければいい。目を閉じ、耳をふさげ。見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞けばいい。そうすれば僕を苦しめる世界は消える。さっさと消えるがいい。この浅はかで忌まわしい世界。去れ。汚らわしく醜いけものども。おまえたちのその濁った目で神を仰ぐな。その生臭い息で愛を語るな。僕の知らない遠いところで、いつまでも好き放題に、けものとしての欲望を満たしてゲラゲラ笑ってろ。おまえたちのことなど、僕の知ったことではない。おまえたちなど、そもそも存在しない。この世界も、所詮、僕の束の間の夢に過ぎない。僕は、この悪夢から何度でも目覚めて、あの夕陽のさしこむ勉強部屋へと永遠に回帰する。

No.170211 ある兵士の記録

 僕はむかし、大学生のころ、ある大手の進学塾で非常勤講師のアルバイトをしていて、そこには、僕のような大学生の非常勤講師のほかにも、元中学校の校長先生だったとか、なんとか会社の元部長だったとか、いわば定年後の年金の足しにするために非常勤講師をやっているひとたちも何人かいて、授業のコマの空き時間などには、そういう年配のひとたちと雑談することも多かった。Aさんも、そのひとりであった。

 Aさんは、某有名企業の元部長だった。早稲田出身で、戦時中は学徒出陣した世代であった。Aさんの左の顔面には、額から眉を断ち切り、まぶたをかすめて頬、顎まで、まっすぐに刻まれた一本の深い傷跡があった。イギリス兵の銃剣で顔面を斬り割られた傷だという。日本の敗色が濃くなった昭和十九年、戦局の一気打開を企図して、ビルマに駐屯していた日本軍3個師団約8万名が、印緬国境の大河チンドウィン川を渡河し、標高2千メートルを超えるアラカン山系の険峻を踏破して、当時イギリス領だったインドに攻め込んだ。インパール作戦である。この人類陸戦史上最も過酷とされる作戦に、Aさんは学徒兵のひとりとして従軍した。人跡未踏のジャングルで繰り広げられた半年に及ぶ激闘の果てに、弾薬糧食の補給が途絶した日本軍は圧倒的物量を誇る英印軍の猛反撃によって壊滅した。Aさんもまた、さんざんな負け戦となって部隊がちりぢりとなり、お互いに名前も知らぬ数人の仲間とともにやっとの思いでジャングルを逃げ回っていたところに、イギリス兵の小部隊と鉢合わせた。すでに弾はない。その瞬間、無意識のうちに雄叫びをあげて銃剣突撃していたという。死を覚悟するとか、恐怖とか、怒りとか、そういうものはいっさいなく、ただ体が勝手に動いた。三八式歩兵銃の銃口の先に取り着けられた銃剣の切先を敵の体に突き刺すことしか考えていなかった。白兵戦の状況はまったく憶えていない。気が付いたら天を仰いで倒れていた。顔が殴られたように痛むので、手を当てた。ぬらぬらとした感触があり、手のひらを見ると、血で真っ赤だった。生き残った仲間のひとりがイギリス兵が捨てていった背嚢をあさって包帯を見つけると、死ぬなよ、死ぬなよ、と言いながらAさんの顔をぐるぐる巻きにしてくれた。その名も知らぬ仲間も撤退する途中で姿が見えなくなった。たぶん途中のどこかで死んだのだろう。日本軍が撤退する山路には日本兵の死体が延々と続いていた。疫病の伝染を恐れた英印軍は、その死体を火炎放射器で焼きながら敗残の日本兵を追撃した。飢餓と伝染病に苦しみながら敗走する日本兵の多くが、弾のない銃をジャングルに捨て、鉄帽を捨て、銃剣を捨て、ただ生きるために飯盒だけを手にぶら下げて、ひたすらビルマをめざしてアラカン山系の難路を再び越えた。インパール作戦に参加した日本軍8万名のうち、ビルマまで生きて帰還できたのはわずか1万名という。Aさんも、敗走に敗走を重ねて、ようやくビルマの首府ラングーンまで逃げ帰ってきたときに終戦となった。

 復員したAさんは早稲田に復学し、卒業後は財閥系の某有名企業に入社した。妻を迎えた。子どもにも恵まれた。仕事も定年まで勤め上げた。が、Aさんのこころはついに満たされなかった。「敗戦後のおれの人生なんて、おまけだよ。おまけ」というのが、Aさんの口癖であった。そうして、Aさんは、「あのとき、弾があればなあ。ほんとにくやしい! 弾がないんだもん、弾が」と言って、顔の傷をひきつらせながら声なく笑った。

 あれから二十年以上が過ぎた。Aさんもすでに、この世にはいないだろう。そうしておそらく彼は、この世から去った瞬間、学徒兵として再びインパールのジャングルにいるだろう。仲間たちとともに、息を殺して草むらに潜んでいる。目の前の小径を、イギリス兵の小隊が自動小銃を構えて歩いてくる。彼は、三八式歩兵銃の照準を、小隊の先頭を歩くイギリス兵の胸に合わせる。「今回」は、弾があるのだ。むろん、彼は、たったいま別れを告げてきた人生のことなど何も憶えてはいない。復員後に結婚した妻の顔も、こよなく愛した子どもたちの名前も、なにも憶えてはいない。インパールのジャングルで弾がなくてくやしい思いをしたこともいっさい、憶えてはいない。けれどもいま、彼は、三八式歩兵銃の照門越しにイギリス兵を見つめながら、こころのどこかで感じているだろう。これが、おれが待っていた時だ!と。そうして、彼は、引き金を引いた。先頭のイギリス兵が倒れる。イギリス兵たちが一斉に展開し、自動小銃を四方八方にめくら撃ちする。彼は、三八式の槓桿を引き、弾丸を装填して再び照準を定める。次は、きょろきょろしているあいつだ、と。そうして、引き金を引いた。三八式の照門の向こうでイギリス兵がまた倒れる。彼はまた槓桿を引く。空薬莢がはじき出されて、次の弾丸が装填される。弾はある。いくらでも弾はある! 皆殺しにしてやる!

 と、その時、ひゅう、と頭上で音がした。目を上げると、敵の迫撃砲弾が落下してくるのが見えた。直撃であった。その瞬間、彼はまた、別の場所にいる。そのときの彼は、何をしているであろう。愛する妻子とともに、笑いながら晩ご飯を食べているであろうか。あるいはまた、三八式歩兵銃を持ってジャングルをさまよっているであろうか。

 

No. 170206 清左衛門の嘘

 青島清左衛門は、伊東三位入道義祐の侍大将で、三位入道の日向国制覇を支えた武功第一のさむらいであった。が、天正四年、九州統一をめざして猛進する薩摩島津軍による熾烈な反撃がはじまる。その日本最強を謳われる島津兵三万を率いるのは後年、徳川家康をして「大将の鑑」とまで言わしめた島津義久。古今無双の名将の指揮で怒涛のごとく押し寄せる剽悍無比な薩兵の猛攻撃を受けて、さすがの伊東勢も次々と国内支城を失って壊乱し、清左衛門もまた無念の思いで敗走を重ねた。世にいう「伊東崩れ」である。翌天正五年冬、陥落した支城から逃げ集ってきた一族郎党の籠る佐土原の本城もすでに数万の薩兵にひしひしと包囲され、いよいよ進退窮まった三位入道は一時は自害も考えたほどであったが、家来どもの必死の諫言に思い直して何とか家名を残す道はないかと評定を重ね、ついに日向国を捨てて豊後の大友宗麟を頼って落ち延びることに決した。が、問題は、その経路である。三位入道の首を血眼で追う島津兵の追撃を避けつつ豊後府内にたどり着くためには、米良、高千穂を経て豊後大野に至る九州山脈の峩々たる山剣を踏破しなければならない。しかも時季は厳冬。山中の積雪は身の丈に迫り、連日の猛吹雪である。たとえ薩兵の追撃を免れたとしても、とても無事ではすまぬ。中でも三位入道を心痛させたのは、末娘の小松。このとき十五。日向国主の姫として玉のように大切に育てられたこの娘が、風雪のみならず矢弾の飛びすさぶ酷烈な逃避行で無事でいられるとは到底思えぬ。いずれ薩兵の虜となって辱めを受けるくらいであれば、いっそ我が手でそのいのちを、と思いつめては悪夢を打ち消した。そういう三位入道の苦悩を見て取った清左衛門は、三位入道の前に平伏して願い出た。この清左衛門に、小松の姫様をお預けくだされ。きっと姫様を、豊後府内に送り届けてみせます、と。

 三位入道は、清左衛門の願いを聞き届けた。広間に現れた小松は可憐な声で、「清左、たのむぞ」といった。清左衛門は、いのちにかえましても、と答えて平伏した。

 清左衛門と小松とは、薩兵が攻撃目標とする三位入道の本隊とは離れ、別動隊として行動することにした。清左衛門は、野良着の背に大刀を背負い、蓑笠を身に着けた。小松も百姓娘の恰好をさせられた。が、さすがに人品は争えぬ。いくら百姓娘の恰好をしたところで、香るような気高さは消せない。清左衛門は、小松に懐剣を渡すと、お覚悟のときは、この清左が介錯仕る、と言った。小松は深くうなづいた。

 その日未明、三位入道率いる本隊が突貫して薩陣の包囲環をわずかに突き破り、そのわずかな隙間から一族郎党総勢およそ三百人が脱出すると、薩兵の追撃を払いつつ猛吹雪の九州山脈へと分け入った。清左衛門と小松もまた、近在の百姓に身をやつして薩兵をやりすごしつつ人跡絶えた雪中へと踏み込んだ。積雪は深く、腿から腰、そしてついに胸まで沈んだ。清左衛門は、小松と自分とを縄でつなぐと、自らの分厚い胸板で雪を押しのけつつ小松の道を拓いていった。小松は清左衛門と自分とをつなぐ縄を握りしめ、一歩も遅れまいと懸命に歩いた。それでも小松の意識がうすらいで歩みが遅くなると、そのたびに清左衛門は雪をかいて雪洞をつくり、小松の手足をさすり、酒と陣中食をあたえて小松の体力の回復を待った。そうして一昼夜を歩きとおした朝、はるか遠方の山中、米良の方角で、銃声がこだました。銃声は次々に鳴り響いた。「清左!」と小松が悲鳴のような声を上げた。清左衛門は、しばらく銃声の鳴る方向を見つめていたが、しずかに小松を振り返ると、大事ございませぬ、土地の猟師の火縄でござる、と言って微笑んだ。嘘であった。その銃声は、米良をめざしていた本隊が島津軍の追撃を受けたことを意味していた。このとき、米良を通過していた本隊は島津軍の強襲を受け、足弱な女中らは足裏を血に染めて逃げまどい、逃げきれぬと観念するや、辱めを受けるよりは、とその多くが自害して果てた。小松の姉も足を痛めて逃げ切れず、三位入道が泣きながらこの姫を自ら斬っている。清左衛門は、さあ、姫、参りますぞ、と言って小松をうながした。小松は泣き出しそうな目で清左衛門を見つめ、うなづいた。うなづいた瞬間、その目から涙がはらはらとこぼれた。清左衛門は、この姫に、二度と嘘は言わぬ、と誓った。清左衛門は無言で、再び雪を押しのけて歩き始めた。

 清左衛門は、用心のため人家を徹底して避けた。その人跡未踏の雪原を歩くふたりきりの逃避行もすでに十日に及んだ。薩軍の追撃も受けず、高千穂の剣路も無事に抜けた。あと三日もすれば大友領である豊後大野にたどりつく。清左衛門の顔にもようやく安堵の表情が浮かんだ。目前に、きらきらと輝く一本の光の筋がある。五ヶ瀬川であった。あの川を渡れば、豊後はもう目の前ですぞ。と、清左衛門は小松に言った。小松は、「もうすぐ、おわるのか」と言った。さよう。もうすぐ、おわります。姫様、よく堪えましたな。と清左衛門が答えると、小松は、「そうか。清左と旅をするのはもう、おわりか。こまつは、もっと清左と旅がしたいぞ」と言った。はは。おたわむれを、と清左衛門は笑った。小松も笑った。清左衛門は、渡し場の船頭に銭をつかませると、小松を舟に乗せた。と、その時、銃声が鳴った。ぴゅう、と銃弾が風を切る音が清左衛門の耳をかすめた。清左衛門は蓑を脱ぎ捨てると、背に負った大刀を引き抜いた。川堤を越えて、十人ほどの薩兵が姿を現した。銃声が立て続けに響き、ぴゅん、ぴゅん、と銃弾が空気を切り裂いた。この場で薩兵を防がねば姫が逃げ切れぬ、と一瞬のうちに判断した清左衛門は、行け! と船頭に命じて舟尻を強く蹴った。船頭はあわてて櫂を漕いだ。舟がするすると岸を離れた。「清左!」と小松が叫んだ。清左衛門は舟上の小松を振り返り、ここで防ぎます。向こう岸の河内村にてお待ちあれ、と言うと、にっと白い歯を見せて笑った。「清左。必ず!」と小松が言った。「おう!必ず!」と清左衛門は答えた。そうして、また姫様に嘘を言ってしまった、と思った。川中へ遠ざかる小松の白い顔を目に焼き付けた清左衛門は、たちまち身をひるがえすと、白刃を抜きつれて殺到する薩兵の群れに向かって突進した。

 三位入道の本隊が河内村に到着し、同村の豪族にひとりかくまわれていた小松と再会したのは、それから三日後のことである。その後、三位入道一行は、大友宗麟の派遣した軍兵に護衛されて豊後領内に入った。雪中の逃避行は十七日間におよび、はじめ三百有余名いた一族郎党は、豊後にたどりついた時には百名足らずにまで減っていたという。後年、三位入道の子、伊東祐兵は秀吉に仕えて家名を復興し、その血統である日向伊東家は日向飫肥藩主として明治の廃藩置県まで存続した。小松は、その後、大友家の重臣に嫁したと伝わる。そのほか、とくに記録がないところを見ると、穏やかで幸せな人生であったのだろう。小松と五ヶ瀬川で別れた清左衛門のその後は、伝わっていない。

 

 

 

 

No. 170131 便所のネズミ

 楚の人、李斯は、便所のネズミが汚物を食らい人犬におびえる一方、官倉のネズミはたらふく粟を食らい人犬も眼中になかったのを見て、卒然として人生の奥義を悟り、人の価値はその居場所で決まるとして己れのあるべき居場所を探し求め、ついに始皇帝の治める大秦帝国の宰相にのぼりつめた。と、いうのが、史記列伝の伝えるところである。が、どうやらこれは、少し事実とは違うらしい。

 類書によると、事実は、こうである。官倉の貧しい小役人に過ぎなかった若き李斯は、みぞれの降る凍えるような冬のある日、便所に行って、そこで汚物を食らう痩せこけた便所のネズミを見つけた。背中に白いすじ模様のあるそのネズミは、ほとんど動くこともできずに死にそうに見えた。こころ優しい李斯は、そのネズミを拾い上げると、ふところに入れて温めてやった。ネズミは、ようやく体が温まったのか、李斯のふところの中をごそごそと動き回った。李斯はくすぐったくて微笑みながら、官倉の中に戻った。官倉の中には、その年収穫された粟が山と積まれてある。李斯は、上役のいないスキを見はからって、ふところから便所のネズミを取り出すと、そっと、粟の山に放ってやった。ネズミは李斯をふりかえると、あたかもお礼をするかのように、ちょっと頭を下げると、たちまち粟の山の中に姿を消した。李斯は、満足した。これで、あいつも、便所で飢えて凍え死ぬような惨めな死に方をすることはあるまい。せっかく、天から授かったいのちではないか。あたたかい倉の中で、おなか一杯粟を食べるがいい。おまえがいくら食べたところで、この巨大な官倉の粟が減ることはない。遠慮はいらぬ。と。

 その翌日のことである。昨夜のうちに、みぞれは雪となって深く積もっていた。李斯は、白い息を吐きながら、便所に行った。そして、再びそこで、背中に白いすじ模様のあるネズミが汚物を食べているのを見た。あいつではないか!? 李斯は、信じられなかった。なぜ、戻ってきた。死にたいのか。李斯は、再び、ネズミを拾い上げようとした。が、ネズミは、チュッと鳴いて、李斯の手をすり抜けて便所の奥へと逃げ去った。その時である。李斯は、はっとした。すべてがわかったような気がしたのだ。あのネズミは、戻ってきた。あのネズミは、生まれながらの便所のネズミだったのだ、と。いかに温かく豊かな官倉に連れて行っても、彼は、元の場所に戻るのだ。なぜなら、それが彼の居場所だから。便所のネズミは、所詮、便所のネズミに過ぎない。それを無理やり、豊かであたたかい官倉に連れて行っても、彼にとっては、単に迷惑で面倒なことでしかなかったのだ、と。そして、若き李斯は、卒然として悟ったのである。人もあのネズミと同じことである。ひとは、あるべき場所に、戻らなければならない、と。

 人の居場所は、はじめから決まっているのだ。便所のネズミは、便所で生きて死ぬ。官倉のネズミは、官倉で生きて死ぬ。それを何かが間違って、便所のネズミが官倉に連れて行かれても、かえって苦しいだけなのである。人も同じだ。居場所が人の価値を決めるのではない。人の価値は、はじめから決まっている。居場所も決まっている。が、多くの人が、その居場所を間違っているのである。我々は、もともとあるべき居場所に、戻らなければならないのだ。便所のネズミは、便所に戻れ。官倉のネズミは、官倉に戻れ。そうして、決して、便所のネズミを官倉に連れて行ってはいけない。それは、便所のネズミにとって幸福どころか、単なる迷惑に過ぎないのだから。逆に、官倉にいるべきネズミが、運命のいたずらで、便所に捨てられたとしても、彼は、必ず、官倉に戻ろうとするだろう。汚物を食らいながら、便所のネズミたちとくだらない話題でげらげら笑っているような日々を過ごして満足することは決してない。彼は自分の居場所に必ず戻る。必ず!

 と、楚の人、李斯は悟るや否や、官倉の頭の悪い上役に辞表をたたきつけ、難解な法家思想を刻苦勉励して修めると、大秦帝国の官僚となってついに位人臣を極めた。

 後日、咸陽の都で一、二を争う豪商が、宮廷で李斯と面談した。大臣どもに賄賂を贈って巨富を得ていると噂され、皇室からも一目置かれるほどの豪商であった。豪商は、宰相となっても昔のままの粗末な衣服を身にまとっている李斯を見てあなどり、「閣下はもともと楚国の官倉の小役人だったとか。それがいまや大秦の宰相様とはね! まさに青雲直上のお人ですなあ」と言って、見下したように笑った。李斯はしずかに微笑んで、こう応えた。「いや、わたしは、あるべき居場所に戻ってきただけです。あなたも、そんな立派な着物はさっさと脱いで、あなたのほんとうの居場所に戻るがよろしかろう。蜀漢の奥地の流刑地などはどうか。少なくとも、この神聖なる宮廷は、おまえごときの居場所ではない」と。豪商は震えあがった。