バナナの選択
                バナナは、生きるために、子孫繁栄の選択権さえも人類にゆだねたんだ。 一生懸命に生きるって?                 生きる、ということにおいて、僕たちの決意なんて、 バナナの勇気の百分の一にも及ばないよ。         ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

No. 170627 断章

「彼らに」

 あなたは誰ですか。僕はあなたを知りません。僕は、はじめから、あなたのことなど知らないのです。それに、べつにあなたのことを知りたいとも思いません。僕にかかわらないでください。近よらないでください。話しかけないでください。こっちを見ないでください。僕の視界に入らないでください。そう。もう消えちゃってください。早く消えてください。ああもう。まだいるよ。早く消えてよ。もう。早く消えろ!

「インタビュー」

 ああ。はいはい。またその話ですか。愛ね。はいはい。愛ですか。その話ですか。もういいじゃないですか。なんべん言えばいいんですか。愛?ですから、そんなもの、どこにあるんですか。生まれてこの方、そんなもの、見たことも聞いたこともありませんよ。え?あなた、見たことがあるの?ええ?いま、愛を手にしているって?ちょ、ちょっと、見せてくださいよ。その、愛ってやつを見せてよ。その手に持ってるんでしょ?だって、あんた、いま、そう言ったじゃないか。見せろよ。見たいんだよ。そうだよ。どうしても見たいんだよ。ほら。もう。見せろったら。早く見せろよ。見せないと殺すぞ。

「やさしいひと」 

 僕はやさしいでしょう?そうとも。僕はやさしいんだ。君のことをなんでもゆるしてあげるんだ。君がなにをしようと、僕は君をゆるしてあげる。え?なぜそんなにやさしいのかって?なぜなら、僕は、君のことなんてどうでもいいから。

「人間の証」

 嫉妬は、人間をふくめて、この地上に生きる動物どもの共通の感情である。それはどうやら自分の遺伝子を残そうとする生体の本能的防御システムによる作用らしい。百獣の王ライオンであれ、地面を這う虫けらであれ、およそ動物はおのれの配偶者に近寄ってくる競争者を嫌悪し、命がけで全力で排除する。けれどもある動物学者は指摘している。配偶者の「過去」に嫉妬するのは人間だけである。と。「過去」への嫉妬は、本能ではない。「過去」への嫉妬こそは、煩悩三毒の最たるものである。そしてそれ故に、そこには救いがない。そしてそれ故に、それは人間の証である。

「Next One !」

 貧困と不遇と屈辱と。おかげさまで僕も、人並みの苦労はさせて頂きました。まったく無意味な苦労でした。けれども、そんなことはもはや、どうでもよくなった。人生で成功したとか失敗したとか、幸福だとか不幸だとか、べつに何でもかまわない。所詮、人生など一瞬刹那の夢に過ぎないのだから。ひとは夢から夢へと無数の人生を駆けめぐる。ある人生の夢を見ていたつもりでも、いつのまにか別の人生の夢を見ている。そしてそのことに気がつきもしない。たとえ今の人生が、苦労の絶えない最低な人生だとしても、それは、今生現世の人生がたまたま「はずれくじ」でしたってだけのことさ。輪廻転生。チャンスは無限にある。つまらない人生なら、はじめからやり直せばいい。後生来世はきっと、大金持ちの貴族の息子としてのハッピーな人生にちがいない。「大当たり」だ。カランカランと鐘が鳴る。人生なんて所詮、スーパーの福引きセール程度の意味しかない。Next One! さあ、次にいこう。

 

No. 170422 そして、かなしい。

 小三の夏。僕はある犯罪をおかした。学校の備品を破壊して盗んだのである。共犯者は、T君。T君は、貧しい家の子だった。着ている服も薄汚れてすりきれて、彼自身も垢じみていて、彼に近づくといやな臭いがした。勉強もできなかった。だから、クラスのみんなはT君を嫌った。けれどもどういうわけか、僕とは仲が良かった。放課後はいつもT君と遊んだ。

 その日。僕とT君とは、放課後の校内をあちこち冒険していた。校舎の床下にもぐりこんだり、理科室の不気味な標本をのぞいたり。そうしてようやく遊び疲れて、ランドセルを背負って帰ろうとしたときである。僕はふと、理科室前に展示してある岩石標本に目をやった。そこには、人の頭ほどの大きさのいろいろな岩石の標本が、コンクリートの土台に接着されて並べてある。そのずらりと並んだ黒や灰色の岩石の列の中に、ひとつだけ、真っ白に輝く大理石の標本があった。僕は、その美しさに、はっとした。なんてきれいな石だろう、と思った。僕は大理石にくっつくほど目を近づけて、そのきらきらと光る粒子を見つめ、大理石の肌に手をあてて、その冷たさをじっと感じた。そういう僕の様子を見ていたT君が、「〇〇ちゃん(僕の名)、それ、ほしい?」と言った。「うん。ほしい」と僕は言った。ほしい、と言ったところで、僕のものになるわけがないけれど。と、思っていたら、T君は、「じゃあ、ちょっと待ってろ」と言ってどこかに走っていくと、しばらくして、両手でやっと持てるくらいの石をかかえて戻ってきた。そうして、「これで割ろう」と言った。僕は動転した。学校の展示標本なのである。割ったりしたら、どれほどの騒ぎになるか知れない。僕は「だめだめ。怒られるよ」と言った。が、T君は、僕のそんな言葉など聞いていない。クラスでただひとりの仲の良い友だちである僕のためなら、そういう僕が「ほしい」と言ったものを僕に与えてやるためならば、何だってやる。と、石をかかえて真っ赤になったT君の顔は、そう言っていた。僕はもう、T君を止めなかった。大理石がほしかったのである。T君は、渾身の力で石を持ち上げると、大理石の上に投げ落とした。ガッという音がして、石が大理石にはじかれ、大理石の白い粉が煙のように散った。失敗である。「もう一回じゃ」とT君が言った。「うん。もう一回!」と僕はT君を叱咤した。T君はふたたび、真っ赤な顔をして石を持ち上げると、勢いをつけて大理石に向けて投げ落とした。再び、ガッと音がして、大理石のかけらが飛んだ。僕は急いで、その長さ5センチほどのかけらを拾った。かけらの新たに割れた断面は、今はじめて空気にさらされて、けがれのない純潔さで真っ白にきらきらと輝いていた。僕は恍惚となった。僕のものだ。このきれいな石が僕のものになった!と、その時。「こら!何をしとるか。見てたぞ。」という理科の先生の怒鳴り声が聞こえた。

 僕とT君とは、職員室に連れて行かれた。クラス担任の若い女教師が、「何をやってたの!」とヒステリックに叫んだ。「学校のものを壊していいと思ってるの!」などと女教師は狂ったような高い声でわめきちらす。けれども、大理石のかけらは、僕の手提げ袋の底にかくしてある。見つかる心配はない。あとは、女子をヒイキしてばかりのこのバカな女教師があきらめるまで、黙りとおせばいい。T君もそのことは分かっていたらしい。だから、ふたりとも、黙っていた。ひとことも話さなかった。ついに女教師はしびれを切らして、僕とT君の頬を、平手でひっぱたいた。「何をやってたの!」それでも、ひとことも話さない。「何をやってたのか、言いなさい!」また、平手でひっぱたく。何も言わない。大理石が美しかったから。と、こんなバカな女に説明したところで、何もわかってはくれないだろう。いくらでも、たたけ。いたくないぞ。こわくもないぞ。おまえなんかには、何も言わない。

 僕とT君とは、ついにひとことも話さず、職員室から解放された。ふたりして、女教師の悪口を言いながら、いっしょに帰った。帰り道、ちょうどS川にかかる橋の上で、T君が、「あれ、見せて」と言った。「うん。いいよ」と言って、僕は、手提げ袋の底から、大理石のかけらを取り出した。その時である。あれ?と思った。これだっけ?こんな石ころだっけ?と。僕は、半信半疑な思いで、そのかけらをT君に渡した。T君は、「へえ。ふうん。きれいだね」と言って、かけらを僕に返した。僕はかけらを受け取ると、あらためてしげしげとそれを見た。べつにどうということもない白っぽいだけの石ころにすぎない。これが、大理石?もっと、きらきらしてたじゃないか。もっと、きれいだったじゃないか。なんだ、これは。こんなの、ただの石ころじゃないか。僕がほしかったのは、こんなものじゃない。なんだ、こんなもの。こんなもの、いらない!僕はいきなり、そのかけらを橋の上から川に投げ捨ててしまった。「あっ」と、T君が声をあげた。T君は、「もう、いらないの?」とふしぎそうに言った。僕は、「うん。いらない」とだけ答えた。

 それ以来。ほしくてたまらないと思っていた宝物をようやくこの手につかみとったと思って、手の中のものを見ると、べつになんでもない、どうでもいいものだった、ということを幾度、くりかえしてきただろう。さんざん苦労して、周りの人たちにまでくるしみを押しつけて、そのあげく、どうでもいいものを手にするだけで、本当にほしかったはずのものは何も手に残っていない。この徒労感。ため息。やり場のない怒り。こみあげてくる自嘲の笑い。そして、かなしい。ただ、かなしいんだ。

 

 

 

No. 170401 水あめと夕陽と。

 僕が幼稚園の頃住んでいた市営住宅の近くの公園には、毎夕、紙芝居屋のおっさんが自転車でやってきた。紙芝居屋のおっさんが鳴らすチリンチリンという鐘の音が聞こえると、子どもたちは10円玉を握りしめて公園に走る。公園では、おっさんの自転車の前に子どもたちが行列をつくっている。おっさんから水あめかドーナツを買うのである。子どもたちの目当ては、水あめだ。固くて甘くもないドーナツをほしがる子どもはひとりもいない。おっさんの自転車の荷台にはパチンコ台が置かれている。そのパチンコ台の上部に開いている穴に10円玉を入れると、10円玉が釘の間をころころと左右に転がりながら落ちて、水あめの穴かドーナツの穴かのどちらかに落ちる。水あめの穴に落ちれば、水あめがもらえる。こどもたちは、やった!と喜んではしゃぐ。ドーナツの穴に落ちれば、はずれだ。子どもたちはがっかりする。あんまりがっかりすると、おっさんは、もう一回やらせてくれる。それでもだめだと、またやらせてくれる。そうして結局、みんな水あめにしてくれる。水あめは、パチンコ台の下の引き出しのブリキの箱にたっぷりと入っている。おっさんは、短く切った2本の割りばしをその水あめの中にさしこんで、ぐいっとひとかきして、割りばしの先に水あめのかたまりをつけてくれる。そうして、そのかたまりの先に、ちょんと、食紅をつける。子どもたちは、その水あめを受け取ると、2本の割りばしを1本づつ左右の手で持って、水あめのかたまりをぐるぐる回し始める。そうすると、食紅が水あめのかたまり全体にまざって、透明の水あめのかたまりが徐々にピンク色になっていく。それが楽しくてたまらない。おっさんは水あめを配り終えると、荷台の箱の上に折り畳み式の舞台を開いて紙芝居を始めるのだが、子どもたちはみんな水あめをぐるぐる回すことに夢中で、だれも紙芝居なんか見ていない。水あめは、ピンク色に染まるにつれて、空気をふくんでやわらかくなり、つやつやとひかりはじめる。そうして水あめがもう割りばしから落ちそうになるほどとろけてくると、その美しくピンク色に染まった水あめのかたまりを、ぱくっと、口の中に入れて、そのまったりとした食感と甘さを堪能する。この瞬間が幸せでないとすれば、この世に幸せはないであろう。子どもたちはみな、2本の割りばしの切れ端を口に入れて、恍惚としている。おっさんはひとりで弁舌をふるってだれも聞いていない紙芝居を終えると、ぱたぱたと片づけをして、自転車に乗って去っていく。子どもたちは口に割りばしをくわえたまま、それぞれの家に帰る。あるいはそのまま、公園で遊んでいく子たちもいる。運動がちっともできない僕は、ブランコも鉄棒も大嫌いだったから、たいていはそのまま家に帰った。

 その日も、おっさんの紙芝居なんか見もせずにひたすら水あめをぐるぐる回して、ぱくっと、水あめを口に入れて至福の瞬間を堪能したあと、僕は家に向かって歩いていた。そのとき、どういうきっかけだったのかわからないが、僕は、ふっと公園を振り返った。すると、公園のむこうの空に、巨大な夕陽があった。わあ、おおきい!と思った。僕は、あんな大きな夕陽を、あの日以来見たことがない。あの日見た夕陽が、僕にとってのほんものの夕陽であり、それ以外の夕陽はすべて、にせものにしか思えない。ほんものと思える夕陽を、生涯で一度だけ見た。そしてもう、二度とはないだろう。それは、不幸ということになるのか、どうか。

 それからしばらくして、紙芝居屋のおっさんは来なくなった。水あめなどの食品の衛生状態が問題になって、保健所が禁止したという話だった。

No. 170305 よしまつさん。

 よしまつさん。としか覚えていない。もう何十年もむかし。僕が小学校二年生の頃。よしまつさんは、クラスでいちばん、かわいい女の子だった。色白の丸顔で、二重の大きな目をしていて、髪を赤い玉のついたゴムで二つ結びに束ねていた。明るくて、いつも笑っていた。そうして、いちばん頭も良かった。だから当然、クラス中の男子がよしまつさんに憧れた。僕もそのひとりだった。けれども僕は、ひとことも彼女と話せなかった。話す資格がなかったのである。僕は、ちっとも勉強ができなかった。足し算さえよく分からなかった。さすがに母親が心配して、毎晩付きっきりで宿題の面倒をみなければならないほどだった。運動もぜんぜんできなかった。跳び箱もとべず、かけっこも一番遅かった。鉄棒は前回り以外は何一つできなかった。ドッジボールのボールを前に投げることもできず、僕の投げたボールは地面にぽたりと落ちた。勉強も運動もできない何のとりえもない僕が、何もかも優れたよしまつさんに話しかける機会など、あるはずがなかった。僕はただ、遠くから彼女を見ているだけだった。

 その日、何が僕にその勇気を与えたのか分からない。教室の掃除の時間。僕は、ほうき係で、教室の隅で、ほうきを持ってぼんやりと立っていた。その僕の前を、よしまつさんが雑巾をもって通り過ぎようとした。僕はほとんど無意識のうちに、ほうきを差し上げると、よしまつさんの頭に、ほうきの先をちょんと当てた。よしまつさんの髪がふわりと、ほうきの先にからんだ。よしまつさんが僕の方を見て、笑いながら「××××ね」と、何か言った。が、僕は、自分がやってしまったことに気が動転してしまって、よしまつさんが何を言ったのか耳に入ってこなかった。彼女のにこにこした笑顔と、何かを話す唇の動きだけが目に入ってきた。そうして、よしまつさんはそのまま、僕の前を通り過ぎて行った。僕は、ほうきを持ったまま、たった今の信じられない光景にとまどっていた。どういうわけで、憧れのよしまつさんに、そんないたずらをしたのか、自分でもさっぱり分からなかった。けれども、そんないたずらをした僕に、彼女は笑顔を返してくれた。よしまつさんは僕をきらいじゃないんだ。と、そう思って、僕はうれしくなった。すると、その直後、ひどいことが起こった。

 僕がよしまつさんにいたずらをして、よしまつさんが笑ったことを、クラスの男子たちが目撃していたのである。彼らは、幼いながらに、いや、幼いからこそ直接的に、嫉妬と怒りによる卑劣な行動にでた。愚かな彼らは、よしまつさんを取り囲み、「〇〇(僕の名)とよしまつは、けっこんするそうです!」と大声で何度も連呼してげらげら笑った。近くの浜辺をうろついているきたない野良犬の群れのようであった。よしまつさんは泣き出してしまい、自分の机に突っ伏して、次の授業がはじまるまでしくしく泣き続けた。僕は、僕のせいでよしまつさんがひどい目にあってしまったことに責任を感じて、つまらないいたずらをしたことをひどく後悔した。そうして、もう二度と、よしまつさんに迷惑をかけないように、彼女にいっさい、かかわらないようにしようと思った。

 それからしばらく経ったある日の図工の時間。僕たちは厚紙で箱をつくる工作をしていた。すると、席の離れていたよしまつさんが、どういうわけか僕の席まで来て、「テープかして」と言って、にこにこ笑った。僕は、よしまつさんがわざわざ僕のところにセロテープを借りに来たことに驚いて、あたふたしたが、先日のいたずらのことがすぐに思い出されて、僕なんかが彼女と仲良くしたらいけないんだと思って、「かさない!」と、わざと大きな声で言った。よしまつさんはちょっとかなしそうな目をしたけれど、笑顔のままで、「えー。なんでー」と言って、自分の席に戻って行った。

 それから間もなくして、よしまつさんは転校した。夏休みが終わって学校に来てみると、よしまつさんの姿はなかった。それ以来、二度と会っていない。よしまつさんの記憶は、彼女にセロテープを貸さなかったことへの後悔で終わっている。なぜ、あの時、セロテープを素直に貸してあげなかったのだろう。なぜ、あの時、つまらない意地をはって、よしまつさんにかなしい目をさせたのだろう。できることならば、あの時に戻って、セロテープを貸してあげたい。そうして、当時の彼女に聞いてみたい。僕がいたずらをしたあの時、君はいったい、何と言ったのか。と。

No. 170226 だれも救えずに。今日も、また。

 京子は、青森出身の子だった。東京の私大に進学はしたけれど、青森の実家は貧しくて学費を出せなかった。そこで京子は学費をかせぐために、まだ未成年でお酒も飲めなかったけれど、僕のかようバーでバイトをしていた。そうしてそれでも生活費が足りずに、朝夕の新聞配達をしていた。バーで深夜2時まで働き、朝5時には新聞配達をするのである。そうして昼間は学校に行き、夕方には夕刊を配達し、月末には新聞代の集金もやる。文字どおり、寝るひまもない。京子は、その年の3月に東京に出てきて以来、そんな毎日をもう数カ月続けていた。体がもつわけがなかった。僕も学生時代には住み込みの新聞配達をやって学費をかせいでいたから、それがどれだけたいへんなことか分かっていた。まして、バーでバイトしながら新聞配達を続けるなんて、無茶苦茶もいいところだ。その話を京子から聞いた僕は、無理だ、そんなんじゃ、絶対にやっていけない、と京子に断言した。そうして京子に、どうにかして、べつの方法を考えるように言った。どうしてもダメなら、青森の地元の大学に入りなおせ、とまで言った。東京でなくてもいいではないか。なぜ、そこまでして東京なのか。と。けれども、京子は、むっとした顔で僕に激しく反論した。東京に出てきたかったんだもん!東京じゃなきゃいやなんだもん!ぜったいに、青森なんかには帰らない!余計なお世話よ!と。僕も言い返した。だから、絶対に無理だと言ってるだろう!体をこわして、大学も続けられなくなって、取り返しがつかないことになるぞ。と。僕にはもう目に見えていたのである。すでに目の下に真っ黒にクマをつくって、未成年のくせにがぶがぶ酒を飲むようになって、大学の授業など出ている様子もなく、おそらくは朝の新聞配達が終わればそのまま夕方の夕刊配達の時間まで眠り込んで、夕刊が終わればバーに出てきて男たちを相手に深夜まで働く毎日の繰り返しで、何のために東京に出てきたのか、もはや目的を見失い、大学の単位もろくに取らずに進級も絶望的で、そういう不安から逃れるために飲みなれない酒をがぶがぶ飲んで、くだらない男どものくだらない下品なジョークにゲラゲラ笑って自分をごまかしている、そういう京子の心身が破綻する限界が切迫していることを、僕はひしひしと感じた。むろん、余計なお世話である。そんなことは分かっている。けれども、僕は、言わねばならぬと思った。言わねば、この子は、破滅する。いや、言ってもたぶん、この子は僕の言うことなど聞くまい。そうしていずれにしても破滅する。けれども僕は言わねばならぬ。そうしてもし、万一、彼女が僕を信じて助力を求めてくれたならば、僕は全力で彼女を救い出すつもりであった。僕は、そのバーに行くたびに、どんどんやつれていく一方の京子をしつこく説得した。けれども彼女は、頑として、僕の言うことを聞こうとはしなかった。

 寒くなった夜、僕は久しぶりにそのバーに寄った。その夜も、京子がいれば、うるさく説教してやるつもりだった。が、京子はいなかった。カウンターにすわると、となりに、みどりちゃんが座った。名前は知っているが、あまり話したことのない子だった。みどりは水割りをつくりながら、京子ね、やめたよ、と言った。なに!?と僕は思わず言った。やめた?いつ?なんで!するとみどりは、気の毒そうな顔で言った。あの子ね、アル中になってたんだって。台所で倒れているところを大家さんが見つけて救急車呼んだらしいよ。で、この間、青森の実家の親御さんが迎えに来て、青森に連れて帰っちゃったんだって。ママのところに、そういう連絡があったんだって。大学もやめるんだって。

 こうなることは分かっていた。分かりすぎるほど、分かっていた。そうして、結局、僕は、彼女を救えなかった。破滅しようとしている女が目の前にいて、何もすることができずに、僕の目の前で破滅した。それを見殺しと言うのではないのか。なぜ、無理矢理にでも、僕の貯金をはたいて金を渡さなかったのだろう。これを学費にしろ、と。それで良かったじゃないか。いや、そんな金を受け取るはずがない。いきなり赤の他人の男から大金をもらう女などいない。なぜなら、そんなことをする男は、ろくでもない下心をかくしているはずだから。女の破滅を見たくない、などという訳の分からない理由だけで多額の金を提供する男など、いるわけがないから。それが、この、きたならしい世の中のきまりごとだから。この世の中に生きる以上、この世の中のきまりごとに従わざるを得ないではないか。彼女を救いたい、などというおまえのこころを信頼する女など、この世にいるものか。しょせん、狡猾な偽善者として嘲笑され、嫌悪されるだけだ。おまえは、やるだけのことは、やった。彼女に忠告したではないか。破滅するぞ、と本気で忠告したではないか。それで十分さ。それが、この世でおまえのできる精一杯のことさ。けれども。と僕は、自分の声に反駁する。それなら、はじめから、何も言わない方がましじゃないか。何も知らないふりをして、くだらない下品なジョークで京子をゲラゲラ笑わせている方が、よほどましじゃないか。破滅する女に、おまえは破滅するぞ、とわざわざ言って、余計なお世話だと嫌悪されて、結局、女が破滅するのを見殺しにしたという忌まわしい記憶だけが残る。ひどい徒労感だ。なんというバカバカしさだ。するとまた、もうひとりの僕が、僕を嘲笑しながら言うのだ。だから、おまえは、おめでたいやつだって言うんだよ。おまえのこころからの忠告なんて、しょせん、余計なお世話なのさ。おまえがいくら彼女を心配したところで、彼女はおまえのことなんか口うるさくて気味が悪い変な客としか思ってねえよ。彼女がアル中になって台所で倒れているところを助けたのは、結局、おまえじゃないんだ。早く家賃を払えと部屋まで催促にきた大家が助けたんだ。こころから彼女を心配していたはずのおまえは何もできずに彼女を見殺しにして、家賃の取立てに来た大家が彼女を助けたなんて、いかにも皮肉じゃないか。このきたならしい世の中にぴったりな笑い話だ。しょせん、おまえは道化さ。ピエロだよ。嘲笑われているだけの、おめでたい、ピエロだ。と。

 僕は、暗澹たる気分で、みどりのつくった水割りを飲んだ。酔う気にもならなかった。これを飲んで、早く帰ろうと思った。すると、みどりが、「なんか、話すの、久しぶりだね」と言った。僕はふと我に返って、「そうだな」と言った。そういえば、この子とは、あまり話したことがない。みどりは、なんとなく、さびしそうな感じの子だった。ずいぶん若い頃に悪い男にだまされた、みたいな話を聞いたことがあったようにも思うが、今ではべつに気にもしていない様子で、ただそういう過去が、彼女の雰囲気をすこしだけさびしくしていたのかも知れない。僕はみどりに、「だって、おまえが話してくれないから。おまえ、おれを避けてただろ」と言って笑った。すると、みどりは、まじめな顔をして、「うん。だって、〇〇さん(僕の名)は京子ちゃんのことが好きなんだって思ってたから。遠慮してたの」と言った。僕はちょっと驚いて、「京子ちゃんのことが好き?おれが?」と言った。みどりは、「うん。だって、いつも、京子ちゃんと楽しそうに話してたじゃん。あたしが話しかけても、ぜんぜん、相手してくれなかったじゃん」と笑いながら言った。そうか。そうだったか。確かに僕は、ずっと京子と話していた。何とかしてこの子を破滅から救おう、と思っていた。けれどもそれは、みどりから見れば、楽しそうに話していたのか。僕は意外だった。僕は、京子と話しているときは、それこそ説得するのに一生懸命で、ちっとも楽しくはなかったから。くるしいだけだったから。けれども。その時の僕は、楽しそうだったのだ。ひとは、笑いながらくるしみを語ることもあるらしい。いや。笑いながらでなければ、そのくるしみに耐えられないのだ。僕自身が気がついていなかった、そのかなしい笑い顔を、みどりだけが見ていた。僕はみどりに聞いた。「おれは楽しそうに話してたか」みどりは言った。「うん。すごい楽しそうだった。だから、あたしも〇〇さんと話したかったのに、話せなかった」そう言って、みどりが不安そうな目で僕を見た。僕はみどりの目を見つめた。僕のこころをのぞこうとして怖がっているような目だった。良い目だ。怖がるな。おれを、信じろ。「おれと話したかったか。じゃあ、きょうは、おまえといくらでも話 すぞ」「うん」「よし。きょうは、おまえと遊ぶぞ」「うん。遊んでよ」「なに。ちゃんともう一回言え」「はい。あたしと遊んでください」「よし。いい子だ」その夜、みどりを相手に、僕は泥酔した。その後どうなったのか記憶もない。

No. 170218 その愛は10%未満

 その夜、仕事で実につまらないことがあって、いらいらして、何のためにこんな仕事をやっているんだか、何のためにいろんなことで気をつかっているんだか、何もかもがバカバカしく、ああ、つまんねえ世界だ、バカしかいねえ、おまえらのことだ、バカどもが、と、止めどなく怒りが湧いて、くやしくて、かなしくて、さびしくて、泣きたくなって、叫びたくなって、会社から地下鉄までの途中、合コン帰りか何かの酔っ払った若い男女の群れが歩道をふさいでゲラゲラ笑いながらバカ面してふらふら歩いていたから、この低能ども全員を死ぬほど殴ってやろうかという目まいがするほどの強烈な衝動にかられて、それでもどうにかその凶暴な衝動を我慢して地下鉄に乗って、イヤホンの音量全開で耳をふさぎ、ニット帽を深くかぶり、マスクで顔をおおって目を固く閉じ、いまいましいだけのバカしかいない世界を完全拒否して自分だけの空間に閉じこもり、地下鉄のゴトゴトという線路の響きだけを感じながらいつもの駅に帰り着き、地上に出て、やっぱり無理だ、飲まなきゃやってられねえ、記憶がなくなるほど飲んでぜんぶ忘れなきゃ、とてもじゃないが、このまま家には帰れねえ、と、まだボトルが残っているはずのスナックに寄って、そのドアを開けた。

 あら。いらっしゃい。久しぶりじゃん。〇〇ちゃん(僕の名)。と、カウンターのチーママが愛想よく笑った。僕は、ほっとして笑う。少なくともこの店の女たちは、いくばくかのお金を払いさえすれば、僕に不愉快な思いをさせることはないから。僕がカウンターに座ると、いらっしゃい。と言いながら見慣れない女の子がとなりに座って、水割りをつくってくれた。その子は、はい。どうぞ。と水割りを僕の前に置いて、さくらです。よろしくおねがいします。と言った。ああ。さくらちゃんね。はじめてだね。ええと。君。かわいいね。と僕がふざけると、チーママが、さくらちゃん、〇〇ちゃんはわるいひとだから、気をつけなさいよ、と言って笑った。さくらは、はい。気をつけます。と、まじめな顔で答えた。気をつけられちゃ困るんだけど、と僕は笑いながら、水割りをぐいぐい飲んだ。さくらのつくる水割りを、何杯も何杯も飲む。がぶがぶ飲む。アルコールが体中をめぐって心臓が高鳴り、暴走していた脳神経が麻痺していく。僕を不眠症に苦しませるとげとげした意識が鈍磨していく。世界が朦朧となっていく。ああ。救われる。と思う。バカどもで充満した世界の重みに押しつぶされていた僕のたましいが、ようやく息をふきかえす。ボトルがなくなる。新しいボトルをキープして、さらに飲む。ろれつが回らなくなって、目もまともに開いていない。それくらいまで酔った状態が、ちょうど良い気分だ。さくら。こら。さくら。君は、かわいいぞ。うん。僕がかわいいと言ってるんだから、かわいいんだ。などと、そんなくだらない会話を繰り返している状態が、ちょうど良い気分なのだ。そういう良い気分のときに、さくらが、おもしろいことを言った。〇〇さん。愛ってさ。愛って、100%じゃないと、ダメだよね。と。

 ん?と、僕は思わず酔っぱらった目を開いて、さくらの顔を見た。愛が100%?なにを言ってる。さくら。もっとくわしく、おれに話せ。僕がそう言うと、さくらは、ちょっと恥ずかしそうな顔で話し始めた。

 ほら。例えばさ、あたしにさ、誰か好きなひとができて、もう3年くらいつきあってるとするじゃん。でもさ、そのひとには、あたしと出会う前にも彼女がいたとするでしょ。そうしたらさ、あたし、その彼女とつきあっているときの彼までは愛せないじゃない。だって、嫌だもん。あたしの知らない女とつきあって幸せだった頃の彼のことなんて、どうでもいい。知りたくない。だから、彼から、その彼女とつきあってた期間は捨てなきゃいけない。でも、彼の彼女はその子だけじゃないかも知れない。何人もいたかも知れない。そうしたらさ、彼から捨てなきゃいけない期間が、どんどん増えちゃうわけ。で、結局、あたしが好きな彼は、彼が誰ともつきあっていなかった子どものころの彼と、あたしとつきあうようになってからの3年間だけってことになるでしょ。それって、年数で言ったら、合計でたぶん15年くらいじゃない。彼が30歳だとしたら、二分の一。50%だよ。あたしがさ、彼のことぜんぶ愛してるって言っても、ほんとうは彼の半分しか愛してないんだよ。それに、あたし、子どものころの彼なんて、何にも知らないんだから、子どもの頃の彼を含めたらダメだと思うし。そしたらさ、結局、あたしが愛してる彼は、ほんとうは、彼とあたしがつきあい始めてからの3年くらいの彼だけってわけ。それって、彼の10%だよね。しかもだよ。その3年だってさ、あたしがぜんぶ知ってるわけじゃないじゃん。あたしが知ってるのは、あたしと一緒にいるときの彼だけなんだから。仕事しているときの彼とか、ほかの友だちと遊んでいるときの彼とか知らないわけだし。そしたら、結局、あたしが愛してる彼って、彼の3%くらいじゃん。10%もないんだよ。それって、愛って言える?ね。〇〇さん。どう思う?それって、愛って言える?〇〇さんは頭良いんでしょ?東大出たんでしょ?どうなの?教えてよ。教えて!

 さくらはまじめな顔で僕を見つめていた。さくら。好きなひとがいるのか。と僕は言った。さくらは、恥ずかしそうに、うん、とうなずいた。そうか。おまえは良い子だな。彼氏を、ぜんぶ、愛したいのか。彼氏を100%愛したいのか。さくらはまた、うなずいた。そうして言った。でも、無理。だって、この前まで、一緒に住んでた彼女がいるんだもん。いやな女。最低な女。ぜったい、ゆるせない。あんな女と愛し合ってた彼は、やっぱり愛せない。だから、無理。あたしは、あのひとを、100%愛したい。100%愛せないなら、そんなの愛じゃないと思う。彼が生まれてからあたしと出会うまで、彼のぜんぶを愛せないなら、もう、いい。僕が言った。もう、いいって、なんだ、あきらめるのか?さくらは、だって、くやしいもん。と言って、泣きそうな顔でうつむいた。くるしいか。と僕が言った。くるしい!と、さくらが小さな声で、けれど激しく言った。僕はもう酔ってはいなかった。さくらが空になった僕のグラスにまた水割りをつくり始めた。僕は、さくらの横顔を見つめながら、つくづく、良い子だと思った。その少女のような幼さの残る薄紅の頬に、気高い女としてのプライドを感じた。さくらが、その白くて細いのどからしぼりだした、くるしい!という言葉の激しさが、どんな愛の言葉よりも美しかった。この子は、きっと幸せになるだろう。この子が幸せになれないとすれば、この世界にいったい何の意味があるだろう。僕は、さくらの幸せを、神に祈った。真剣に、祈った。

No.170212 さらば去れ。我を苦しめるもの。

 ふと目が覚めると、僕は、タオルケットをお腹にかけて、自分の四畳半の勉強部屋で寝転がっていた。夏休みのある日の夕刻だ。窓から橙色の夕陽がさしこんでいる。僕が生まれたころから使っている古ぼけた扇風機がカタカタと鳴りながら風を送っている。台所から、母親が夕飯を支度している音がする。僕が幸せだった日。小学校六年生の僕は、人生の心配ごとなど何もなく、ただ毎日、学校の勉強をして、クラスの好きな女の子とちょっとだけ話をして顔を赤くして、シャーロック・ホームズを読んでわくわくして、テストで100点をとって母親にほめられて、学校からの帰り道には田んぼの用水路に笹舟を浮かべて遊んで、その用水路沿いの道端に生えている野いちごを食べて酸っぱくて吐き出したりして、同級生たちと近所のどぶ川に発泡スチロールでつくったいかだを浮かべてひっくり返ってずぶ濡れになって、そして夏休みには宿題などほったらかしで市営プールであそび疲れて、家に帰って勉強部屋で寝転がって昼寝をして、そうして、いま目が覚めた。

 ずいぶん、へんな夢を見ていた。おとなになった僕の夢。おとなになった僕は、いろいろと嫌な目にあって、ひとのことが信じられなくなって、家族も、友人も、恋人も、この世のひとたち、ぜんぶが信じられなくなって、ひどく寂しい人間になっていた。おとなになった僕は、ぜんぜん、幸せでなかった。おとなになったら幸せになると思っていたけど、ぜんぜん、そうではなかった。嘘だと思った。こんなはずがないと思った。そうして、いま、目が覚めた。ぜんぶ、夢だった。悪い夢だった。いやな夢だった。でも、ただの夢だった。良かった。あ。もう夕方か。プールから帰ってきて寝ちゃったんだな。このタオルは、ああそうか、お母さんがかけてくれたのか。今日の宿題やってないな。今日は、ええと、そう、まだ夏休みは半分以上残ってる。宿題なんか、べつにいいや。

 と。そこで、僕は、目が覚めた。見慣れた部屋の天井が見える。おとなの僕。この部屋から一歩出れば、いっさい関わりたくない世界が広がっている。いっさい関わりたくないひとたちであふれている僕の世界。僕を苦しめるだけの世界。なにひとつとして、僕を安心させることのない世界。これが僕の現実の世界。それじゃ、さっきの小学生の僕は何なんだ。この僕は、こんな世界は、こどもの頃の僕の悪い夢なんだ。夢からさめてくれ。小学生の僕にもどってくれ。夕陽のさしこむ夏休みの勉強部屋にもどってくれ!

 けれども僕は夢からさめないでいる。いや、夢なのだ。夢にすぎないんだ。そもそも夢と現実の区別なんてない。いまの僕は、こどもの頃の僕の夢でしかない。こどもの頃の僕も、いまの僕の夢でしかない。僕は、夢と夢の間を行ったり来たりしているだけだ。その時その時の僕を、僕の現実と思っているだけだ。世界など、架空の存在にすぎない。すべて僕の認識が創ったフィクションではないか。僕を苦しめる彼ら彼女らの酒に酔ってだらしなくゆがんだ下品な笑い顔も、所詮、幻影にすぎない。僕の頭の中で響き渡って僕を不眠症にする彼ら彼女らの低劣なゲラゲラ笑いも、所詮、幻聴にすぎない。幻影なら見なければいい。幻聴なら聞かなければいい。目を閉じ、耳をふさげ。見たいものだけを見て、聞きたいことだけを聞けばいい。そうすれば僕を苦しめる世界は消える。さっさと消えるがいい。この浅はかで忌まわしい世界。去れ。汚らわしく醜いけものども。おまえたちのその濁った目で神を仰ぐな。その生臭い息で愛を語るな。僕の知らない遠いところで、いつまでも好き放題に、けものとしての欲望を満たしてゲラゲラ笑ってろ。おまえたちのことなど、僕の知ったことではない。おまえたちなど、そもそも存在しない。この世界も、所詮、僕の束の間の夢に過ぎない。僕は、この悪夢から何度でも目覚めて、あの夕陽のさしこむ勉強部屋へと永遠に回帰する。